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東京地方裁判所 平成8年(ワ)22540号 判決

原告

甲野一郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士

川村理

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

松下博之

小松徳雄

島田恭一郎

鎌田信一

被告

一宮幸一

福村貢

右二名訴訟代理人弁護士

福田恆二

新井弘治

金井正人

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1(被告一宮による暴行の有無及びその違法性)について

1  前記第二、二6における原告及び被告一宮がともに転倒した場面は、森達也作成のビデオテープ(〔証拠略〕)に克明に記録されているところであり、これによれば以下の事実を認めることができる。

(一)  被告一宮は、急に原告が走り去ろうとしたのを見て、職務質問を継続するために原告を停止させようとし、立ち去ろうとする原告のすぐ後を追いかけ、原告の後方からその背中を抱きかかえるようにして原告が立ち去るのを阻止しようとした。

(二)  原告は、被告一宮が背後から抱えてきたので、再び被告一宮の方に顔を向け、体も被告一宮の方に向けたが、立ち止まろうとはせず、被告一宮に対して半身に構える位置をとりながら少しずつJR亀戸駅の方向へ移動しようとした。被告一宮は、原告を停止させようとして、原告の上半身を両手で抱えるように制しながら、原告の体を自分の方に向けようとした。両者は、原告が自分から見て左側であるJR亀戸駅方向に移動しようとし、被告一宮が原告に体を密着させて制しながらそれに付いていくという状態で、もみ合いながらJR亀戸駅方向に数メートル移動した。

(三)  両者は、そのままJR亀戸駅方向に移動しつつ、原告が同駅方向に背を向け、被告一宮が原告の体の右側面に自己の体の正面を密着させるという位置関係になり、原告は後ずさりすることとなり、被告一宮は右手で原告の上半身前面を、左手で原告の背中を押さえながら左方へ進んだ。

原告は、後ずさりしながら、左手で被告一宮の右手首付近を下からつかみ、被告一宮が自分の上半身を制止しようとするのを防ごうとした。

被告一宮は、後ずさりする原告の右大腿部後部付近に自分の左足を掛け、ほぼ同時に右手で原告の左肩口付近を突くように押した。これにより体の重心が後ろに傾きながらも足を後ろに出すことができずバランスを崩した原告は、そのままほぼ真後ろに倒れ、腰をつき、頭を路上に強く打った。

被告一宮は、原告の体の上に原告を押さえ込むように倒れた。

2  これに対し、被告らは、前記のとおり、原告の転倒は原告がたまたま被告一宮の足に自分の足をぶつけたために生じたものであり、被告一宮が原告を転倒させたのではなく、かえって被告一宮が原告に引きこまれる形で転倒させられたと主張し、〔証拠略〕及び被告一宮本人尋問の結果は、かかる主張に沿うものとなっている。

しかし、以下の理由により、〔証拠略〕及び被告一宮本人尋問の結果のうち前記1において認定した事実に反する部分は採用することができない。

(一)  被告らは、被告一宮の右手は原告に触れておらず、むしろ原告が左手で被告一宮の右手首付近をつかんでいたのであるから、原告が被告一宮を引っ張り込んだのだと主張し、被告一宮は、原告の転倒について、尋問に対して、「かなり強い力で、原告に右手を押し下げられましたんで、原告の左手を振り払おうと思って、私は上に手を上げました。」と答え、自分が原告を押したのではないと供述している。確かに、甲二三によれば、原告が被告一宮の右手首付近を左手でつかんでいたことは認められるが、同号証及びこれをプリントアウトしたものである甲二二(特に写真二七ないし三〇)並びに乙二を子細に見れば、被告一宮の右手は上ではなく明らかに原告の左肩口の方へ向けて前に突き出されていると認められ、さらに、甲二二の写真二九において被告一宮の右肩に力が入って上に盛り上がっていることに照らせば、被告一宮の右手は原告の左肩口付近を押しているものと認められる。さらに、被告一宮が、右手を原告の左肩口付近に向けて手を伸ばした直後に、原告の上半身が後方にそり始めており、原告が驚いたように口を開けながら倒れ込んでいることからすると、被告一宮の右手の力が原告の上半身に伝わり、これによって原告の体のバランスが崩れ後ろへ転倒したことは明らかであって、被告らの主張するようにまず原告が倒れてから被告一宮を引っ張り込んだという態様ではないことは明白である。

(二)  被告一宮は、尋問に対して、被告一宮が原告の足を掛けたのではなく、原告の足が自分の足にぶつかっただけであると供述する。しかし、前記のとおり、原告の転倒は、被告一宮が右手で原告の上半身を押したことと原告の右足が被告一宮の左足に阻まれて後ずさりできなくなったことが相まって、原告の体勢が崩れたことによるものと認められるところ、右の二つの事情はタイミング良くほぼ同時に発生しなければ原告が転倒することはないと考えられ、そこには被告一宮の意図が推認されること、被告一宮が原告の左肩口付近を突いたことは証拠上認められるにもかかわらず被告一宮はこの点を否定し、不合理な弁解をしていることなどを併せ考慮すると、被告一宮のこの点に関する供述も採用することはできない。

3  そこで、前掲争いのない事実等及び前記1において認定した事実を前提に、被告一宮が原告を転倒させた行為の違法性につき判断する。

(一)  警察官職務執行法二条一項によれば、警察官が私人を停止させて職務質問をするためには、その私人が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者であることを要する。

これを本件についてみると、被告一宮は、オウム真理教に所属する特別指名手配被疑者の捜査のため、亀戸道場付近に赴いたところ、亀戸道場から原告が出てきたのを認め、右被疑者や犯罪について知っている可能性があるとして職務質問を始め、原告が氏名等を明らかにしなかったことにより何らかの情報を有している疑いを強めて職務質問を継続したものと認められるから、適法に職務質問を開始したものと認められる。

(二)  しかしながら、被告一宮が原告を転倒させた行為は有形力の行使に当たることは前記のとおり明らかであるところ、職務質問における有形力の行使は、強制にわたらない程度でかつ職務の遂行に必要かつ相当な限度でのみ許容されると解される。そこで被告一宮による有形力の行使が右限度を超える違法なものであるか検討するに、原告が職務質問を受けているにもかかわらず氏名等も明らかにせずその場から立ち去ろうとしたことを考慮しても、原告が職務質問に際して公務執行妨害等の犯罪を犯さないように慎重に対応しており、被告一宮に対して積極的に暴行を加えた等の事情が認められないこと(〔証拠略〕)(原告に公務執行妨害罪の成立が認められないことは後述する。)、被告一宮の暴行は結果として原告が頭を路上に打ちつけ腫脹を生じたもので、相当程度の強さであったものと認められること(〔証拠略〕)、ほぼ真後ろに転倒させその上から押さえ込むという行為は実質的には逮捕行為に等しいことなどを考慮すると、右行為は職務質問における有形力の行使としては相当でなく、必要性もなかったと言わざるを得ず、職務質問における許容される有形力の行使の限度を超えた違法なものと認められる。

4  したがって、被告一宮が原告を転倒させた行為は、故意による違法なものである。

二  争点2(原告による公務執行妨害の事実の有無)について

1  被告一宮及び被告福村が原告を現行犯逮捕したことは争いのない事実であるところ、現行犯逮捕の適法性については、結果的に犯罪の成立が認められないというだけで直ちに当該逮捕が違法となるということはないが、逮捕の時点において、その犯人による特定の犯罪が逮捕者に明白であること及びその犯罪が現在行われているか若しくは犯行後時間的に接着した段階にあることを要し、かかる要件を充たさなければ違法であるというべきである。

2  そこで、本件現行犯逮捕がかかる要件を具備していたか検討する。

(一)  この点について、被告らは、原告が右肩で被告一宮の右胸に二回体当たりをしたり、右手を被告一宮の背中に回して同人の背中の肉をシャツの上から二度三度とわしづかみにしたものであり、さらに、原告は、左手で被告一宮の右腕をつかんで離さず、右手を被告一宮の背中に抱えたまま、後方に倒れ込み、これによって、被告一宮の体勢を崩させて原告と共に歩道上に転倒させた旨主張し、被告一宮は、本人尋問において、右のような原告の行為を公務執行妨害に当たると判断して現行犯逮捕したと供述している。

(二)  そこでまず、原告が右肩で被告一宮の右胸に二回体当たりをしたという点につき検討するに、被告一宮は、尋問において、「逃げるときに分からないように、原告の左肩で私の右胸あたりに、どんどんと強く二度ぶつかってきております。」と供述するが、以下の理由により、右供述は採用できず、したがって、被告らが主張するような体当たりの事実は認めることができない。

(1) 被告らが右事実の証拠として指摘する乙二の写真五ないし一〇によっても、また、甲二三のうち右各写真に対応する部分によっても、被告一宮の体と原告の体が接触していること自体は認められるものの、それは原告による積極的な暴行ではなく、原告がその場を立ち去ろうとし被告一宮がそれを留めるという動きの中で両者の体が接したものに過ぎないと認められること

(2) 被告一宮の供述内容自体も、原告が「分からないように」ぶつかってきたというあいまいなものであること

(3) この体当たりについて、被告一宮の上申書(〔証拠略〕)においては、「右肩を私の左肩に強く押しつけてきたのです。」とされ、同一人において態様に関する供述内容に齟齬があること

(4) 被告一宮は、原告を現行犯逮捕した本人であり原告の右行為がその被疑事実とされているという関係にある上、前記認定のとおり原告に対し違法な暴行を加えた者であって、その暴行を正当化するために原告の行為の不当を強調する可能性がないとはいえないから、その供述の信用性については慎重に判断しなければならないこと

(三)  次に、原告が右手で被告一宮の背中の肉をシャツの上から二度三度とわしづかみにしたという点につき検討するに、被告一宮は、尋問においてかかる被告らの主張に沿う供述をし、またその上申書においても同趣旨の内容が記載されているが、前述のように右証拠の信用性については慎重に判断しなければならないところ、確かに、〔証拠略〕によれば原告が被告一宮の背中に右手を回している事実は認められるものの、以下の理由により、この点に関する被告一宮の供述ないし乙三は採用できず、したがって、被告らが主張するわしづかみの事実も認めることができない。

(1) 原告が被告一宮の背中に右手を回すに至った経緯は、前述のとおり、原告が職務質問を拒んでその場から立ち去ろうとかけ足で進んだときに、被告一宮が原告の背後から原告を抱え、その場に停止させようとして原告に体を密着させたことから自然に原告の右手が被告一宮の背中に回ったものと認められるのであって、原告から意識的・積極的に触れたものではないこと

(2) 原告はそれまでも被告一宮に対して暴行等を加えておらず、公務執行妨害罪に当たらないように慎重に行動していたものと認められ、この時点においても原告は後ずさりしておりむしろ被告一宮が原告を押していると認められること(〔証拠略〕)

(3) 被告一宮が尋問に対して、医者の診断を受けたがその際には医師に背中を見せなかったと供述していること、及び、同じく尋問に対して、「家に帰ってからですが、妻に何か赤く内出血みたいになっているよというふうに言われましたけれども。爪の跡のようなものがついていると。」と供述するが、シャツの上から二、三回わしづかみにした場合に爪の跡のように内出血するかどうか疑問がある上、右事実は被疑事実の一部であるとされるにもかかわらず被告一宮自身の目で背中の右内出血を確認しなかったことがその供述から窺われるばかりか、右内出血を写真撮影するなどの証拠保全がされた事実も何ら認められないことなどを併せ考慮すると、このような内出血の存否について疑問を生じざるを得ないこと

(四)  さらに、原告が、左手で被告一宮の右手をつかんで強く押し下げ、そのまま、右手で被告一宮の背中を抱えて、後方に倒れ込み、これによって、被告一宮の体勢を崩させて原告と共に歩道上に転倒させたとの点について検討するに、両者の転倒に至る事実経過は前記一において認定したとおり、被告一宮において、後ずさりする原告の右大腿部後部付近に自分の左足を掛け、ほぼ同時に右手で原告の左肩口付近を突くように押して原告のバランスを崩させて原告を転倒させたものと認められるのであって、原告が被告一宮を引き倒したとは認められない。

また、原告が、左手で被告一宮の右腕をつかんだ事実は認められるが、右行為は、被告一宮の制止行為に反応してとっさになされたものであり、前記一において認定したとおり、被告一宮は原告に右腕をつかまれているにもかかわらず、そのままその右手を原告の左肩口付近に突き出して原告を転倒させている程なのであるから、その程度もおよそ公務の執行を妨害するに足りる態様の行為であるとは認められない。

(五)  右(二)ないし(四)を前提にすると、原告が公務執行妨害に当たる行為をしたとはいえず、またそもそも公務執行妨害と評価し得るような行為もしていないと認められるのであるから、被告一宮にとって原告が公務執行妨害罪の現行犯人であることが明らかであったということはできず、被告一宮による本件現行犯逮捕は違法というべきであり、また、右逮捕については、被告一宮に少なくとも過失があったものと認められる。

(六)  次に、被告福村による現行犯逮捕については、被告福村が原告のどの行為をもって公務執行妨害と認識したかについての被告らの主張が明確ではないが、前記のとおり原告が被告一宮に対して体当たりしあるいはその背中をわしづかみしたという事実は認められない上、原告と被告一宮の転倒は前記認定のとおり被告の暴行によるものであることが明らかであるから、弁論の全趣旨によりかかる一連の状況を見ていたものと認められる被告福村にとって、原告が公務執行妨害罪の現行犯人であることが明らかであったとは認められない。したがって、被告福村による本件現行犯逮捕も違法といわざるを得ず、右逮捕については、被告福村に少なくとも過失があったものと認められる。

三  争点3(損害)について

原告は、被告一宮の暴行により頭蓋打撲及び頸椎挫傷等の傷害を受け(〔証拠略〕)、その後、東京医科大学病院等に通院、加療した(〔証拠略〕)。なお、加療期間は平成八年八月七日から平成九年三月二四日である。また、原告は、前記違法逮捕により、平成八年八月七日から一四日まで八日間にわたりその身柄を拘束された。

1  慰謝料

本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件現行犯逮捕及びそれに引き続く本件勾留並びに被告一宮の暴行により、原告が受けた精神的損害を慰謝するには、一〇〇万円が相当であると認められる。

2  治療費及び交通費

原告は、被告一宮の暴行により生じた傷害を治療するため、別表のとおり治療費及び交通費等合計一五万六三六〇円を支出したものと認められる(〔証拠略〕)。

3  弁護士費用

原告が、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らせば、本件と相当因果関係にある弁護士費用は金一二万円をもって相当と認められる。

4  以上を合計すると、損害額は一二七万六三六〇円である。

四  争点4(被告一宮及び被告福村の個人責任の有無)について

本件における被告一宮及び被告福村の現行犯逮捕が公務員の職務行為といえることは明らかであり、また、被告一宮の暴行についても、職務質問という職務行為に付随してなされたものであり、職務行為の一環であったと認められる。そして、公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、地方公共団体が賠償の責に任じ、職務の執行に当たった公務員は、個人として被害者に対してその責任を負担するものではないと解するべきである。

このことは、国家賠償法一条が、一項において、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、その公務員に故意、過失のいずれがある場合でも、これを賠償する責に任ずるものとしながら、二項において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する旨を規定しているのみで、公務員に故意又は重大な過失があったときのその公務員個人の他人に対する損害賠償責任について、何ら規定していないことからも明らかというべきである。

よって、被告一宮及び被告福村に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。原告の主張は採用できない。

第四 結論

以上の事実によれば、原告の請求は、被告東京都に対し、一二七万六三六〇円の支払を求める限度で理由があり、被告東京都に対するその余の請求部分並びに被告一宮及び被告福村に対する請求部分については理由がない。

(裁判長裁判官 鬼澤友直 裁判官 江頭公子 甲斐瑞穂)

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